南無天踊りは、「日本書紀」の皇極天皇(斉明天皇)紀に、天皇が飛鳥川上流で雨乞いをされた記述があり、それを起源とした農耕の踊りです。


南無天踊りを継承している稲淵地区は、歴史的風土がよく残されていて、棚田百選にも選ばれています。
現在の南無天踊りは、神社に伝わる江戸時代の絵馬と古老の記憶により復元されたものです。


~て天つくつ 天つくつ て天つくつ 天つくつ て天なもで 天なもで て天なもで 天なもで~
独特のお囃子が耳に残る雨乞い踊りです。

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薬師寺(やくしじ)は、奈良県奈良市西ノ京町に所在する寺院であり、興福寺とともに法相宗の大本山である。南都七大寺のひとつに数えられる。


本尊は薬師如来、開基(創立者)は天武天皇である。
1998年に古都奈良の文化財の一部として、ユネスコより世界遺産に登録されている。
現・管主は安田暎胤である。

またまた、天皇頑張りました!

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秋篠寺(あきしのでら)は、奈良県奈良市秋篠町にある寺院。本尊は薬師如来、開基(創立者)は善珠とされている。宗派はもと法相宗、真言宗、浄土宗に属したが現在は単立である。伎芸天像と国宝の本堂で知られる。

平城京西北の外れ「秋篠」の地に建てられたためこう呼ばれています。

本堂に25体安置されている仏像の中でも特に著名なのが伎芸天(重文)で、諸技諸芸の守護神として多くの芸術家や芸能人らに慕われ、またその造形の優美な写実性は古美術愛好家の間でも広く親しまれているそうです。

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しし鍋(しし汁) は、イノシシの肉は特有の臭みがあるので、ゴボウ・ネギ・ミズナ・キクナなどの香味野菜を多くして、薬味にはショウガ、粉ザンショウなどにより肉の臭みを消して、味噌で煮込みます。

寒い日の夜は、しし鍋を食べると体の芯から温まります。
イノシシは脂肪が豊富であることから「山鯨」ともいい、また「ぼたん」と呼ばれるのは馬肉を「さくら」、シカ肉を「もみじ」と美称するのと同じです。

いのしし肉食べたことないな~。

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今から1400年ほど前の推古天皇の時代に、唐からやってきた人たちがこの地に広めたのが由来・・・とも、1000年ほど前にお坊さんが考えたのが始まり・・・とも、また、飛鳥時代に唐から来た渡来人の僧侶が寒さをしのぐためにヤギの乳で鍋料理を作ったのが最初・・・などと言われています。

沢山あり過ぎます・・・。
いずれにしろ、牛乳で鶏肉を炊いて食べるという料理をルーツにできあがったのが飛鳥鍋であるんです。

奈良市の平城京左京三条二坊宮跡庭園は、昭和59年(1984)に復元整備され、奈良時代庭園のほぼオリジナルな姿を伝えるものとして、国の特別史跡と特別名勝に指定される。


宮跡という名前がつくが、この地は正確には宮外である。
しかし、平城宮の近く(約300m)であり、北となりには長屋王邸宅が広がっていた。
ほぼオリジナルな姿って凄いなあ。

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古くから、巨石(花崗岩)で作られた玄室が露出しており、その形状から石舞台と呼ばれていた。
玄室は、長さ約7.7m、幅約3.5m、高さ約4.7m、羨道は長さ約11m、幅2.5m。
石室内部に排水施設がある。
約30の石が積まれ、その総重量は2,300tに達すると推定されている。
石は古墳のかたわらを流れる冬野川の上流約3キロ、多武峰のふもとから運ばれた。

すでにほとんどの埋葬品が盗掘にあった後であり、石棺の欠片等が発見されるに留まった。

昼間は石の下に入れるらしい、ちょっと怖いかも;

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東大寺(とうだいじ)は、奈良県奈良市雑司町にある華厳宗大本山の仏教寺院である。
現別当(東大寺別当、住職)は219世・上野道善。

「金光明四天王護国之寺」(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)ともいい、奈良時代(8世紀)に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺である。
「奈良の大仏」として知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)を本尊とし、開山(初代別当)は良弁僧正(ろうべんそうじょう)であるそうな。
天皇が頑張って建てたお寺なんだね~。

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世界遺産。奈良県生駒郡斑鳩町所在の法隆寺および法起寺の建造物の総称である。

法隆寺をはじめとするこの地域の仏教建築物は聖徳太子と縁が深く、中国の六朝時代の建築の影響を多大に受けている。
特に、法隆寺の西院伽藍は、建築年代に諸説あるが世界最古の木造建築として国際的にも著名である。
確かに形が中国っぽいかもしれないです。